SE セイフティエンジニアリング,()総合安全工学研究所,Vol.125, 200-8,巻頭言より,

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安全学の構築へ

 

向殿政男 

明治大学教授 

財団法人 総合安全工学研究所 理事

 

多くの安全技術が,個別分野に特有の性質,特に物理的,化学的性質に基づいて開発され,発展して来たのは紛れもない事実である.安全技術は,優れて現場に立脚した個別技術という性格を有している.しかし,ある分野での安全技術の考え方が,他の分野ではまったく知られていなかったり,同じ考え方が異なった仕組み,異なった用語として用いられていたりしている。そろそろ,安全技術を各分野に共通の概念として統一する必要があるだろう。更に,最近の安全問題は,各種の異分野間,階層間,機能間の境界で発生しつつある。安全の専門家は,技術的側面から横断的,総合的,統一的な観点を持たざるを得なくなりつつある

安全問題には,人間的側面が大きくかかわっており,近年の事故の多くが,ヒューマンファクターに起因するものになりつつある.この傾向は,今後,変わる事はないだろう。人間の過誤や思い込み等の安全におけるヒューマンファクターこそ,分野によらず共通のものである.人間は間違えるものであるという万古不変の事実に,専門分野の違いはない.

そもそも何をもって安全とするのだろうか。人により,分野により,時代により,社会により,異なっており,安全の定義は一つにはならないかもしれないが,安全の理念として,共通の考え方がなければ学問にならないだろう.大学で,安全工学が共通の学問として教育されて来なかった大きな理由がここにあるに違いない.一方,安全の実現のためには,法律・規制や標準・規格など,更には保険制度などの社会的側面が大きく関わって来ており,これを無視して安全,安心の社会の実現はあり得ないはずである.

以上の事実は,安全は,技術的側面だけでなく,人間的,社会的側面を含めて,安全工学や安全科学を含んだ更に広い学問,例えば,安全学として構築をして行く必要があることを示唆している。これまで,科学哲学的な立場,社会科学的な立場からの安全学の提案はあったが,これらと共同をして,現場にしっかりと脚を下ろし,実際の問題を技術の問題として現実的,技術的に解決をしている安全工学の立場からこそ,まずもって安全学を提案し,安全学の構築を試みるべき時期に来ているのではないだろうか.